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YS「心の再生」医療 実証

「うつ、パニック解消!」

吉田清彦(仮名)(31歳・男性)

いつもお世話になり、ありがとうございます。

YS「心の再生」医療を受ける前は、以前にパニック障害とうつ病を併発していて、僕の場合は、仕事に行く時に、バスと地下鉄を乗らないといけなくて、そのバスに乗る前に、急にわけのわからない吐き気におそわれることが多々ありました。

周りの人の目を気にするあまり、人に迷惑をかけてはいけないとか、変な風に思われたくないとゆう気持ちが強くて、余計に吐き気がひどくて、もしこの場で吐いてしまったらどうしようと、苦しくなりました。

そしてそう考えると、いてもたってもいられない程の恐怖心が出てきて、最悪の時は、外出も出来なくなりました。

いつも喉の奥に何かつまっている感の時もあって、おまけにお腹も弱かったせいもあり、トイレも気になってしかたなくて、そのダブルで外出がままならなくなり、行動ができなくて、なんの為に生きてきたのか?とか将来への不安やいろいろなあせりの中でYS「心の再生」医療を知りました。

YS「心の再生」カウンセリングを受けてから、あれだけ、バスや地下鉄に乗るのが不安で仕方なかったのに、今では不安な心が全くなくなり、平気で乗れるようになり、トイレも前は場所を確認してからでないとダメだったのが、今は何とでもなると開きなおれる程になって、行動もできるようになった事が一番大きいです。

そして、自分が今まで苦しんできたのは、この本当の自分に出会う為だったんだと体感できた時に、言葉では言い表わせない感情で有り難い気持ちでいっぱいになりました。
これからももっと本当の自分を自覚して、喜びでいっぱいの人生で周りの人に愛を与え続けていきたいと思っております。

「うつ、薬物依存症の改善!」

内山佳子(仮名)(36歳・女性)

YS「心の再生」医療を受ける前は、鬱病で坑鬱剤の処方が多く、薬の飲みすぎでした。買い物依存症にもなっていました。

佐藤先生の講演会に参加して、とにかく鬱病を治したい一心でYS「心の再生」医療を申し込みました。

昨年五月、初めて受けて「私の鬱病はどこに行ったの?」状態でビックリでした。物欲がなくなり、買い物依存もなくなりました。佐藤先生に「カードを使っちゃだめですよ」と言われ、それから使っていません。

受ける前はマイナス思考の塊でした。全ての出来事に後ろ向きで、妬み・恨み・嫉妬がすごかったです。今は眠っていた新たな気持ち、嬉しい、楽しいで一杯です。

子供は女、男、男の3人。長女を産んだ頃から、ノイローゼになっていました。鬱病と気づいたのは3人目を出産した後でした。

前の主人は、事件を起こして逃亡生活をしたり、服役もしました。生まれて初めて、めちゃめちゃ愛した人でしたので、犯罪を犯そうが何をしようが大好きでした。一緒に生活はできない、外で女は作る。私は不安で、ものすごくやきもちを焼き、嫉妬深かったです。前の主人は2回目の服役中に急性心不全で亡くなりました。

振り返ると、子供がいい迷惑だったと思います。病んでいる時は、私が子供を近づけないようにしていました。マイナス独特のオーラを出して、澱んだ空気だったと思います。

娘は私を毛嫌いして、しまいには一緒に食事もしないようになり、私がアパートで一人、子供達は実家でという日々もありました。それが当たり前でした。

YS「心の再生」医療を受けた後、娘は、私が元気になり鬱病が治ったことが分かり、安心してすごく喜びました。私にべったりになり、中学3年でしたが不登校になりました。娘にもどれだけ寂しく辛い思いをさせてきたかと思い、無理に「学校に行け」とは言いませんでした。

どんな出来事に対しても、良く捉えられるようになりましたが、子供達に対しても何かを見つけて褒めてあげるようになりました。

娘が高校に入学して、最初は授業をさぼっていたようです。先生から電話をもらい「今頑張れば大丈夫だから授業にちゃんと出るように、伝えてください」と言われました。それまでは、あまり娘と会話していませんでしたが、初めて夜通しかけて語り合うことができました。

娘が何とか進級するようにと応援の思いから、PTAに立候補しました。娘はそれを喜んでくれています。
一番下の子が、保育園卒園の年なので役員に立候補しました。3人の子供が皆お世話になったので、最後の恩返しと思っています。

受ける前は、他人の事なんて考えられず、自分から断ち切って、人間関係ゼロにしていました。相手も鬱だとわかると、どうすることもできずにそっとしておこうとする。それを避けられたと感じていました。自分がどう見られているのか気になって仕方がありませんでした。

私は、中学の頃、不登校でした。中学2年の時転校し、その直後アトピー性皮膚炎が見えるところに出て、半分引きこもりでした。

父はとてもおとなしい人で、両親は会話がとても少なかった。私は一人っ子なので、部屋に一人でいる時間がすごく多かったです。いつの日からか、「うちの家は何かが違う」と思い、そうすると「私は違う。みんなと何かが違う」と思うようになっていました。内向的で「何で出来ないんだ」「何でこうなんだ」と自分に対して決め付けていました。いろんなことが、そこから来ていたのかと思います。

PHPで佐藤先生を知り、YS「心の再生」医療のカウンセリングを受ける決意してから変化していました。なぜか坑鬱剤をすでにカウンセリングを受ける前にやめていることに気がつきました。その頃、小学一年の長男が不登校でしたが、徐々に学校に行き始め、気がついたら普通に学校に行っていました。母親が元気になると、子供は自然に元気になると実感しました。

以前に主人がプレゼントしてくれたヴィトンのバック9個と結婚指輪代わりにくれたロレックスの時計を質屋に入れてカウンセリングを受けました。決意したら、何とかなると思いました。

ある時、真ん中の息子とちょっと言い合いになり、「死ね!死ね!」と言われ、マインドコントロールのようにスイッチが入ったのが分かりました。子供の前で睡眠薬を大量服薬しました。8月5日YS「心の再生」医療を母が受けた、その10日後でした。

娘がその日、友達の所に泊まる予定でしたが、なぜか帰って来て気づき、救急車を呼んでくれ、病院に運ばれ、丸3日間眠っていました。

実は、私は薬物依存症でもありました。
病院の検査で覚せい剤反応が出たため、目が覚めた後、10月まで警察にお世話になりました。執行猶予で帰ることができました。

鬱病と買い物依存は治っていましたが、薬漬けの状態でした。依存症の苦しみで、薬を止めたくても止められないでいました。

3日間眠って起きたら、禁断症状もなければ、薬をやりたい気持ちも一切おこりませんでした。「止めたかった薬が止められた。生きている」というのがすごく嬉しかったです。捕まえてくれてありがとうでした。薬を断ち切れて嬉しいあまりに、刑事さんにYSメソッドの話をしていました。ありがたくて、涙して、「私は何て恵まれているんだろう」と思いました。

娘はこんな母親を嫌いになるかと思ったら逆で、「私は絶対薬はやらないから」と言ってくれました。友達に「この人、鬱で薬物依存だったんだよ。見える?」とサラッと言っています。それも嬉しいです。私も知り合いの何人かに言った時に「今大丈夫だから言えるんじゃない?」と言ってくれて嬉しかったです。完全に断ち切りました。言わずにいたら、どこかで「またやってもいいいかな?」という気持ちが出てきたかもしれません。言って良かったと思っています。

依存症は怖いです。自分の意思ではどうにもなりません。薬は魔物です完全に心を食われてしまいます。それだけ、主人のいない生活は、寂しく、心配と不安で一杯だったと思います。きっかけは、新宿で声をかけられて。薬物依存と鬱の状態は、見た目似ているらしいです。

最初にカウンセリングを受けた時は、薬物依存の最中でしたが、プログラム中は嫌でやっていませんでした。

鬱病、買い物依存、薬物依存、全てがあって受けることを決意しました。最初に受けた時に鬱病が治ってしまい、YSメソッドを受診するうちに、全てを克服してしまいました。自分で思っていた以上に追い込まれていました。自分では上がることができないから、落とすところまで落としていました。生きているんだけれど、心は死んでいました。魂がどこかに行ってしまっていたくらいの感じでした。無気力・無感情でとりあえず生きている。何度も死のうと思っても死ねなかった。薬をやっていたから「ここで死んだら薬をやっていたことが子供に分かったら、どうなるんだろう?」「死ねなかったら警察に捕まる」とかいろいろ考えて死ねませんでした。結局は「薬をやっていたから死なずに済んだ」という捉え方になった時にはビックリしました。

以前は、他人の話を聞けなかったのが、『天使』前くらいから徐々に変化し「聞いてあげたい」という気持ちがすごく強くなりました。

留置場では3人一部屋でした。部屋に『ココロ美人』の本を置いたら、他の2人も読んでいるようでした。まだ2人は刑務所にいるので、文通をしています。依存症で苦しんでいる方の、何かお役にたてたらと思います。

佐藤先生にありがとうございます。
みんなにありがとうございます。
本当の自分にありがとうございます。
ただただありがとうございます。

「一度のカウンセリング受講でうつ病を解消!」

木元克史(仮名)(41歳・男性)

YS「心の再生」医療受けた後、家族との会話が増えた。
外出時に電話しようと思っていた友達と、偶然会ったり、トラブルになりそうになると、向こうから自然とはなれてくれたりと、自分の知らない所で何かが起きているように思います。
あと、うれしかったことは、カウンセリングを受けた後のかかりつけの医師を受診したとき、うつ病が完治と言われました。

「20年間のうつ病が劇的に改善!」

山田幸江(仮名)(49歳・女性)

YS「心の再生」医療を受けたきっかけは「うつ病」と言う病気です。約20年間この病気に苦しみました。

発病は結婚後、育児のストレス、嫁ぎ先で周りに友だちがいなかった淋しさ、生まれた環境と違い、夫の父親は厳しかったので、そのストレス、夫の事業の失敗で借金の返済の不安で、うつ状態になってしまい、そのころ「うつ」と言う症状がよく解らず、家にいるのがいやで仕事に出れば気分もよくなるだろうと思って仕事をしていたのですが、今度は仕事のストレスでますます状態は悪くなり、完全な「うつ病」になってしまい病院も転々としました。

「つらい。消えたい。死にたい。」と思うようになり、再発のたびに自殺願望がいつもあり、どうやって死のうか?と考えるようになり、楽になりたくて自殺を実行したのですが未遂に終り、そして入院をしました。

退院をして元気になるとまた仕事がしたくなり、仕事に復帰するのですが、体の疲れ、ストレスでまだ再発です。

そのたびに夫に迷惑をかけ、家族に迷惑をかけ、ずっといました。
私はもう治らないのか!
一生うつ病とつき合っていくのか!このままでいいのか!真剣に悩みました。
「私は変わりたいんだ」と夫に相談しました。夫はインターネットで調べていたのです。私も自分で調べてみたら「本当の自分」という言葉が目に留まり、これだと思いました。
「ほんとうの自分」に会える!迷わずYS「心の再生」カウンセリングを受けることを決めました。

私はこれにかけていたので、受けた時は真剣に集中でき、本当の自分を感じた時の感動は今までに味わったことのない感動で、感謝にみち溢れ、号泣で涙が止まりませんでした。
すべて愛だということを知り、自分の両親・家族にほんとうに愛されていたこと、生きていてほんとうによかったと、心から思い、感謝の気持ちでいっぱいになりました。

この感動はずっと続き、受けた後、家に帰る途中から変化があり、耳に入る音楽や人の声が新鮮に感じ、周りの風景も美しく見えて、今までにない感動でした。
家に帰れば家族がいつもと違ってやさしくておだやかで笑顔で話をしてくれました。
自分でもビックリしました。

次の日からも小さな事に感動したり、心の変化は、まず人の目が気にならなくなったこと、迷い不安もないこと、恥ずかしさがなくなったこと、新しい発見がたくさんあり、時間を大切に使い、豊かな気持ちで毎日を過しています。

YSメソッドに導びいてくれた神に感謝し、お礼の言葉と祈願をして、毎日手を合わせています。
これから少しずつYSメソッドを広げていけるようがんばります。
ほんとうにありがとうございました。
最後に、うつの投薬は今ほとんど飲んでいないんです。不安がないのです。
YSメソッドのおかげだと感謝しています。

「10数年来のうつから一変!やっと求めていた本物に出会えた」

大迫隆(仮名)(44歳・男性)

私のYS「心の再生」医療を受けたきっかけは長年のうつ状態の改善でした。
十数年来の頑固なうつで、当初、会社での人間関係が主な発症の原因でしたが、家庭の事情なども重なり、我慢に我慢を重ねた結果、突然体が動かなくなりました。

まさか、この自分がうつになるなんて自身でも信じられませんでした。自分だけでなく家族や周りも苦しめる心の病はとても厄介で、様々なことを試しましたが治るには至りませんでした。

心療内科は四件代わり、その都度あらゆる抗うつ剤、睡眠促進剤、精神安定剤を服用しましたが根治できず、逆に副作用に悩まされることも多くありました。うつ関連の書籍は片っ端から読破し、最後には敢えて新任の先生を担当医に選び、自分自らが薬の処方をするほどうつに関して専門家になりました。

カウンセリング、ヒーリング、森田療法、性格分析、断食療法、座禅、瞑想、気功、マインドコントロール、新興宗教に至るまで、様々なことを試しましたが、一時的には良くなる気はするのですが、再発し、結局効果はありませんでした。

あげくは、ある心療心理士の先生から「あなたは年を経る毎に生き辛くなる性格」という宣告を受けるありさまでした。「人生をあきらめなさい」と言われているのと同じです。

全て自業自得、自分の狭い心が原因であったのですが、当時、すべて他人が悪い、世間が悪い、性格が悪い、性格を育てた親が悪いと、最も尊敬する父と、ありったけの愛を注いでくれた母を恨んでしまいました。まったく恐ろしい心でした。

時折襲う自殺願望と戦いながら、やっぱり何とか治したいと思い、七泊八日の内観に行きました。そこでは過去の自分と向き合い、己の親不孝を知り、全てを悟った気になりました。忘れかけていたやる気もみなぎり、仕事もバリバリ出来るようになり、うつも完治したと自分も周囲も安堵しました。

一年後、二回目の内観に行き、歯止めをしたつもりでした。
その後、多少の辛さは大丈夫でしたが、やがて限界を超えると、今まで以上に深い苦しみの泥沼に引きずり込まれました。「やっぱりダメだ」と絶望を覚えました。

それでも内観に救いを求め、更に重ねて二回内観を試みました。合計四回の内観でしたが、改善するどころか、(意味のあることでしたが)生きる目的は何か、死んだらどうなるか等、益々悩みが深くなりました。

インドの聖人ラハナ・マハルシの本を読んでいて「真理」の言葉が気になり、ネットで検索したところ『「YSメソッド」』の存在を知りました。「これが最後だ。これでだめなら出家して悟りを開くしかない。それ以外自分の生きる道はない」と堅く決意し、即座に「YSメソッド」のYS「心の再生」カウンセリングを申し込みました。

「YSメソッド」という言葉には、魅力を感じたものの、わずか二日の短時間で心の変化があるのかどうか、実際のところ半信半疑でした。 しかし、YS「心の再生」カウンセリングのワークが始まって二、三時間で、その不安は吹き飛びました。「凄い」の一言でした。外に求めていた黄金が、実はこの自分の中にあったのでした。生まれてはじめて大量の涙を流しました。 喜び一杯で岐路に着く新幹線で「ようやく求めていた本物に出会えた」と更に体中からモリモリと、更なる喜びが湧き上がる感触は忘れられません。瞬時の感動を味わうことは、内観などでも可能かも知れませんが、やがて冷え切ってしまうのです。

YS「心の再生」医療では、あの感覚が受けた後もよみがえるのと、波はあるものの大局をみると確実に心が向上することです。「如何なる逆境にさいなまれても、報恩感謝の気持ちでいられること」を目的とした内観は、俗世間を離れた世捨てをしない限り、現代社会では維持が困難です。
それは、内観やその他の方法では心の浅いところに留まるのに対して、本講座のベースが宇宙の真理そのものであるからと言えます。

受けた後の変化は数限りなくあります。 一番嬉しいのは、常に緊張状態から一変して他人が気にならない自分中心になりました。これは自我の自己中心とは違う、真理中心(宇宙と一つ)のとても落ち着いた平穏な心になったのです。過去にはなかった感謝の気持ちが自然にわき出ます。見向きもしなかった家の掃除、洗濯、料理の手伝いも喜んでできるのは、自分でも驚きです。

家族の変化は明確に分かります。鏡の法則とはよく言ったもので、特に子供のはしゃぎ様はこちらは笑いが止まりません。家内も私の顔つきが若返ったと、喜び、直ぐに受講の申し込みをしました。各々の部屋で寝ていた家族が、いつの間にか一つの部屋で寄り添って寝るようになりました。

また、疎遠になりかけていた人が遊びに来たり、周りにも見えない多くの良い影響があります。また景色が変って見えます。目に映る自然の美しさが眩しくて感動を覚えます。子供の頃の心です。

更に最近では、起こる問題を悩むより、何かのメッセージであるので、まず良かったと思い、後でその理由を探す楽しみとして受け止めるようになりました。いずれ無意識にこれができる様になれば敵がいなくなるどころか、ありとあるゆる人・物・出来事が私の応援者であり、味方となって日に日により幸せになることは間違いありません。

天命もはっきりとしてきました。これからがとても楽しみです。やっと求めていた本当の自分に出会うことができました。

佐藤先生をはじめカウンセラーの方々、スタッフの皆さんに、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

「うつ、引きこもりから生還!」

井上毅(仮名)(35歳・男性)

YS「心の再生」医療を受ける前、うつ病状態で、実は2年ほど引きこもっていました。
自分では何とかしなければと思うのですが、突破口がない状況で、外に出るのが怖いのです。当時はタバコを吸っていたのですが、タバコも買いにいけない状態でした。

いつも昔から通っているガソリンスタンドの前を通らなければいけないので、20代後半のいい青年が、仕事もしないで何やっているのかと思われたら嫌だなとか、近所の人にこう思われたら嫌だなとかという思いで、朝の5時まで、自販機が動き出すのを待って買いに行ったのを、今でも鮮明に覚えています。
家でいつも何をやっていたかというと、昼間は寝ていて、夜はゲームをやったり、ビデオみたり。何をやっていても、いつもため息がでて、お腹がズシンといつも重たい状況でした。

働かなきゃなと思うのですが、面接に行こうと履歴書も書くのですが、履歴書を書いても、はたしてこれで持っていって雇ってくれるだろうか、君、この間何していたの?と、突っこまれたら困るなと。実は家で引きこもっていましたとも言えないし、正直に言っても、もし自分が雇う側だったら、絶対雇わないだろうなと思うのです。

お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃん、友達はどう思っているかなと思うと、ますます出られなくなっていました。

正直、毎日死ぬことを考えていました。死ぬというより存在がなかったらいいな、こんな楽なことないな、消えちゃいたいという思いの方が強かった。自分がなければいいなと、毎日モンモンと布団の中で思っていたのを鮮明に覚えています。

受けた後、1週間から1ヶ月の間に、何回かいろんな面接に行って、何とか社会復帰でき、肉体労働でキツイ仕事ですが、4年くらい続き、職も変わりながら、現在に至っています。

私は疑い深い人間なので、YS「心の再生」カウンセリング会場に入るのも怖くて怖くて、受けることは決めたのですが、資料を見たら、怪しくて怪しくてしょうがない。宗教、成功哲学は一切ありえない人間でしたから「これはないだろう、まずいな、洗脳じゃないか」と思いました。

前の晩一睡もできなくて、朝家を出て、会場に向かうまでも、怖くてしょうがない。
入り口まで来て「やっぱりまずい」と、帰ろうと思いました。
「もしこれを受けたら死ぬな、洗脳かもしれない、まずい、やめようやめよう」と思ったのですが、でも家に帰って、また湿った暗い布団にもぐり込むのも嫌だなと。

「なんでいやなのか?怖い、洗脳されるのが怖い、死ぬのが怖い」ということが、初めてわかりました。
あんなに、死にたい、消えたいと思っていたのが、「まだ死にたくない」という思いがあるとわかり、今まで自分の人生で、本当に死ぬほど頑張ったことはあるだろうかと、振り返ったら「ない」。自分の二十何年間の人生を、これ一発に賭けてみるのもいいんじゃないかと思いました。
万が一、本当にヤバイものなら、受けたら死ねる、もし本物だったら、全力でやったら、全力で返ってくるのじゃないかと思いました。

YSメソッドのカウンセリングが始まって、生命の源を開発する作業をするわけですが、本当の自分が出かかったときに、体中に反応が出て、まだ信じていないから、体中叩いて止めました。「ウソだ、ウソだ、そんなはずない」と思って、体中叩いていました。

どうやら本当に、自分の体の中が喜んでいるのだろう、もし今度来たら受け入れてみようと思いました。次が、来ました。「きたー!」と、一切留め金をはずしたら、失神するくらい、本当の自分が出てきて、「わぁー、オレ生まれてよかったぁ!本当に生きていてよかったぁ!」何にも状況が変わっていないのに、そう思えて「あぁよかった、これで救われた」「全部自分の思いこみだったのだ、なんてすばらしいのだろう」と、そういう感じになりました。

あとから全部わかったことですが、私は、お父さんといろいろありまして、将来子供が生まれても、絶対父だけは子供を抱かせないというくらい父を恨んでいました。

お父さんの会社で働いていたのですが、経営者の汚い部分を見て、経営者としても、父としても、最低だと思って、お父さんからもらったお給料を踏み潰したこともあるくらい、父を恨んでいました。
それがあったから、自分が引きこもったということが、全部後からわかったのですが、講座中、自分でも信じられないのですが、もしもう一度生まれ変わることがあっても、お父さんの子で生まれたいと感じていました。

昨年そんな私もようやく結婚できて、お父さんともいろいろ話ができて「お父さん本当にありがとうね」と、お父さんも「力になれなくて申し訳なかったね」と、父と会話ができるように回復しました。
今は、何気ない日々の生活が、小さなことをたくさん喜べて、毎日元気で働けて、奥さんと毎日楽しく過ごせて、本当にたわいもないことが嬉しいと思える人生を送れています。ありがとうございました。

「娘のうつ、リストカットが解消!」

城川久子(仮名)(46歳・女性)

今19歳の娘が4歳の時、離婚して、一人親の手も借りずに、がむしゃらに変な見栄とプライドを持って、全部自分が育てるんだと、昼夜ずっと働いてきました。

子供は意思もなく、私に連れられ、父とも離され、ふたりで暮らすことになったのですが、とにかく仕事、仕事、仕事。仕事をすればお金がある。子供の自由時間はなかったです。

放任主義やからと言いながらも、すべて自分の時間に子供を振り回してきました。子供の自由時間は学校の休み時間と、家に帰っての30分、1時間なかったと思います。

とにかく夜も仕事、水商売もやっていましたから、子供に本当に寂しい思いをさせました。
娘が中3、15歳の時、スナック、自分の城を持つことができ「これからや」と、そのころ娘は、たぶん心の病気になっていたのでしょう、それにも気づきませんでした。

高1、2学期始まってすぐ「ウツっぽいから病院に行きたい」と「なにいうてんねん、そんな気合入れんかい、そんなわけない、だらだら寝ていて、ご飯も食べない、しっかりしいや、シャキッとしいや」とそんなことしか言えませんでした。

娘はリストバンドをしていました。リストカットをしていたのです。でもおしゃれだと思っていました。ぜんぜん気がつきませんでした。娘の話にも耳を傾けることもしませんでした。「忙しいねん、お母さんとにかく忙しいねん」そればかりでした。

とにかく病院に行ってみたらいいと、病院に行きました。「うつ状態と言われたよ」「あっそう」と、軽く受け止めていました。

それから2週間後、夜中、私が店から帰って、3時半くらい、寝ていました。そしたら、部屋からよたよたと、今まで見たことがないような形相で、子供が部屋から出てきました。
「どうした」と、長袖を着ていたので、腕をめくると、忘れもしない9/23です、血をだらだら流して、今まで見たことないような子供がいました。

救急車を呼びました、なにがなにかわからないままに救急車を呼びました。何が起きたんだろうと、受け止めることができません。
子供はそれからも、リストカットを3日後、1週間後、10日後、「お願いだから切らないで」とそればかりでした。

私は話を聞かないのに「お願いだから切らないで」と、そしたら抗ウツ剤を飲みます。飲むとわが子じゃないような目で、副作用から、食べ物をむさぼる、ほおる「この子、自分の子じゃない、目が覚めんと、このまま部屋から一日中でてこんといて、でも命は絶たないでね」と、ずっと私もわがままでした。

そんな中で、ある方から「YSメソッド」のYS「心の再生」医療があると聞きました。
私はお店では歌を歌い、お酒を飲み、笑い、そして家に帰ると悲惨でした。
つらかったです。子供ももっとつらかったと思います。

子供をなんとか、この「YSメソッド」のYS「心の再生」カウンセリングを受けたら子供は変わると言われて受けました。

子供は、先生をてこずらせ、スタッフをてこずらせ、先生も途中で「もうお母さん、お金入りませんから、娘さんは返します」と。

「いやだ!!先生!このYS「心の再生」カウンセリングを受ければ娘は変わるって言われたんです、とにかく何とかして下さい、お金じゃないです、お願いです」
先生は「わかった」と、やっと2日間が終わりました。

私は本当の自分を貫くと確信をしました、そのときに。娘を見ていて思いました。
このまま本当の自分を貫けば、この娘は変わる。

私が「YSメソッド」でどんどん生命の源を開発していくたびに「そうだ、私が病気だったんだ、子供は自分の体を傷つけ、心に痛みを負いながら、私に『お母さん本当の自分に目覚めたら、もっと楽になるよ』」と体で、体で私に教えてくれました。

一度は閉じようと思いました店、嫌いなお客さんもいなくなり、苦手だったこともなくなり、ひとりひとりの笑顔、そして娘が「お母さん、お疲れさん」って。
彼女は「くそばばぁ、殺してやる」とか思っていたと思います、目が言っていました。

でも19歳の誕生日に言いました。
「お母さんありがとう、お母さん産んでくれてありがとう、お母さんが大好きやねん、お母さんと一緒に同じ時間を過ごしたいねん」って。「よかったぁ、、、」私の心も変わったから、子供が変わったのでしょうか?

同じような方がいらっしゃるのでしたら、体を傷付けている方がいらっしゃるのでしたら、本当の自分に目覚めましょう、本当の喜びが待っています。
生かされていることの感謝、ありがたさをわかって、一生楽しく過ごしていきましょう。ありがとうございました。

 

城川ゆり(仮名)
「19歳になりました。
本当は手首を切ったのは高校1年生の6月からで、ずっと隠していました。
それからずっとお母さんに伝えていったからわかってくれて、19歳の誕生日を迎えられて、今生きていることが幸せです。
一言で言ってしまうと、お母さんありがとう、離れているけど、お父さんにもありがとうと言いたいです。」

薬のみに頼らない最新のうつ病治療
東京日本橋の心療内科 YSこころのクリニック